エドワード・デイヴィス船長はイギリスの海賊で、島に上陸こそしなかったものの、ラパ・ヌイを最初に発見した人物かもしれません。
ライオネル・ウェーファー
エドワード・デイヴィス船長とともに航海した記録者ライオネル・ウェーファーは、次のように記しています。
南へ向かう途中、南緯12度30分、海岸から約150リーグの沖合で地震の揺れを感じた。のちにわかったことだが、これはカヤオを壊滅させた地震と時を同じくするものであった。驚きから立ち直ると、我々はさらに南へ進んだ。南微東半東寄りに針路を取り、南緯27度20分に達したとき、夜明けの2時間ほど前に、小さな砂の島に行き当たった。船の真正面から、波が岸に打ち寄せるような大きな轟音が聞こえた。そこで水夫たちは、夜明け前に岸に乗り上げることを恐れ、船を回頭させて夜が明けるまで沖で待つよう船長に願い出た。船長はこれを承諾した。こうして我々は夜明けまで沖で間切り、それから再び陸に向かった。それは岩礁に守られていない、小さな平たい島であった。我々は岸から4分の1マイル以内まで近づき、島をはっきりと見ることができた。霧もかすみもない、晴れた朝だったからである。西方およそ12リーグと見積もられるあたりに、高い陸地の連なりが見えた。眺めにいくつもの切れ目があったので、我々はそれを島々であろうと考えた。
この陸地は14ないし16リーグほどにわたって連なっているように見え、鳥の大群が飛んできた。私をはじめ多くの者は、この陸地に向かって上陸したいと望んだが、船長はそれを許さなかった。この小島は、コピアポからほぼ真東西の方角に500リーグ、赤道直下のガラパゴスからは600リーグ隔たっている。
